54)程度の低い本
僕は出版された音楽書の中から、作曲に関わるものや歴史的な書籍の翻訳は可能な限り購入するようにしています。というのも、音楽書は発行部数が少ないため、すぐに絶版となり古本の価格が高騰する可能性が高いからです。
作曲に関わる重要なものの多くは昭和に出版されていて、平成に入ってからはあまり出版はされていません(多分)。したがって、定番本が絶版というおかしな状態が長らく続いていました。しかしここ数年は、クラシック、ポピュラーともに活発に音楽書が出版されています。それに伴い、定番本も一新されている印象を受けます。その理由として、芸大の入試問題の変更やDTMの普及による作曲の敷居の低下などが考えられるでしょう。
新たに定番となり得る本が多く出版されるのは喜ばしいことですが、その一方で明らかに程度が低いものも出版されています。名誉のため作者は伏せますが、分析すらまともにできていないのに、その技法を教示しようとしています(それも叢書)。
その本のフーガの項にて、バッハ《平均律クラヴィーア第1巻 第1番 フーガ》の冒頭2小節の和音を、| C - G7 A7 | G7 と分析していました(|は小節線、-は同一和音)。しかしこの分析は、和声の主題をもったバス課題や、フーガを少しでも書いたことがあるらありえないことが分かります。つまり解釈の相違やミスではなく、そもそもフーガを書いたこともなければ、文献にも当たってないのです。なお、僕が冒頭2小節を分析するなら、| I ^1 IV > V > I^1 > VI > | II とします(^は和音の転回指数)。このフーガは単純な主題なので解釈は大きく変わることはないと思います。とにかく程度の低い書籍で、このようなものが流通していることに驚きました。
このような事例は、2014年に出版された岩崎祐之助『ゲーム音楽史』(リットーミュージック、2014)でもみられます。『ゲーム音楽史』は、そのアカデミックなタイトルとは裏腹に、文章の多くを主観に基づいて書いており、純粋な理解不足からくる浅い内容は物議を醸しました。ただし、これは作者自身の問題だけではなく、編集者や出版社側の問題大きいと考えています。適切なタイトル――例えば『僕のゲーム音楽史』、『ハードからみるゲーム音楽』など――が付けられていたならば、さほど問題にならなかったのではないだろうか、と想像しています。
2018-12-30