西洋音楽における
エクリチュールの装飾とテクスチュアの発展
長谷和明
第6回 装飾研究会 2025年5月31日
目的と流れ
- 西洋音楽における「装飾」を作曲家の視点から考察する。
- その取っ掛かりとして、エクリチュールを取り上げる。
- エクリチュールで「装飾的」と言われている(ことがある)ものを介して、西洋音楽の様式を表すテクスチュアの発展についてみる。
- そして、西洋音楽において(ここで)装飾(的)と呼ばれてきたものの正体に近づく。
装飾といえば
そもそもとして、「装飾記号」と「装飾音符」が「装飾」として明確に区別され存在している。

- 装飾記号は、どう演奏されるか分からないし、されないかもしれない。
- 装飾音符は、基本的に演奏される。がやはりどう演奏されるか分からない。

- どちらも記譜の省略ではない。
- これらの装飾は、外部である演奏家によって行われる。
- 今回は、確実に楽譜に書かれたもの、内的な要素から見ていく。
エクリチュールとは
エクリチュール(ècriture:仏)とは、作曲に係る技法を学習用に体系化したもの。
- 対位法――厳格対位法(旋法)・自由対位法(調性)
- 和声法――古典和声・様式和声(特定の様式)
- その他――学習フーガ、管弦楽法など
エクリチュールには、音楽の発展の歴史が凝縮している。
特に和声法は、極めて強力な理論で、大抵の音楽を和声法に理論に還元することができる。


この2つは質的な違いあって、テクスチュアの発展と関係がある。
テクスチュアとは
- テクスチュア(英:texture)とは、音楽様式を「漠然」と表す言葉。作曲家の立場なら、作曲規則の枠組み。
- 西洋音楽の時代とセットで語られる。
- 曲単位あるいは楽節単位でも表現される。
- エクリチュールの中にもテクスチュアがある。
モノフォニー
単純な単旋律。
ヘテロフォニー
単旋律から、単旋律と偶発的あるいは部分的な複旋律。
ポリフォニー
偶発的な複旋律から、各旋律が独立して和音のある多声音楽。対位法、和声法
ホモフォニー
多声音楽から、主旋律と独立性を保った声部が機能をもった和音を形成する。和声法
これらを具体的に見ていく。
協和音程と不協和音程、そして度数
音と音の関係は大きく2つに分けられる。
- 協和音程
- 完全協和音程――完全1・8・5・4度
- 不完全協和音程――長短3・6度
- 不協和音程――長短2・7度など協和音程以外

不協和音の多くは、和声外音(非和声音、転位音)として現れる。
というわけで、テクスチュアの説明に戻る。
モノフォニー

- 12世紀あたりまで。
- グレゴリオ聖歌が代表的。
- リズムはパターンの組み合わせ。
- 楽譜は、ネウマ譜。

『THE MUSIC in the ST. VICTOR MAUSCRIPT』7頁
ヘテロフォニー

- 12世紀あたり。
- オルガヌムは、装飾的につけられた声部のこと。
- 完全5度、完全4度で並行し、やがて自由になっていく。

- モノフォニーとポリフォニーの橋渡し的ポジション。
ポリフォニー

- 15世紀あたり。
- 低音部にグレゴリオ聖歌が置かれ、装飾的に他声部を加える。
- が、声部は完全に独立している。
- 協和音程で構成される。
- 楽譜が定量記譜法にシフトする。
定量記譜法にシフトした結果、複雑な作曲が可能になった。

皆川達夫『楽譜の歴史』45頁(デ・プレ(15世紀))

不調和(緊張)を生み出す3つの装飾的な音

不協和音程の部分を別の言葉に書き換えると……

- 掛留音(ケ): 直前で成立している協和音が次の和音まで持続され、不協和音程になった場合に協和音程に進行する音。
- 経過音(カ): 協和音と協和音の間を順次進行する音。
- 刺繍音(シ): 2つある同じ高さの協和音の間に、2度で挟まっている音。

声部が増えてくると、響きが豊かになる。
旋律の重なりから生まれるもの

- 単旋律に別の旋律を装飾的につけていた。
- しかし、対位法は、すべての声部を同等として扱う。→無限カノン
- どの声部一つかけても成立しない(そのように書いている)。

- 独立性をもった声部が重なることで豊かな和音が生まれる。
- ムジカ・フィクタによって、より豊かな響きと終止感を作る。→旋法から調へ
- 曲尾には、定型の和音が置かれるようになる。→カデンツへ
16世紀の作曲家ジュヌは協和音程による和音に着目した。

装飾とは①
- テクスチュアは、調和と不調和の繰り返して発展してきた。
- 不調和は別の調和としてありえるということ。
- それは、不協和音程をどう扱うか、という態度の問題。
- また「装飾的」と言われてきた対象は、ミクロでありマクロでもある。
- 装飾的なものに対して装飾が再帰的に施されるようなこともある。
次回:通奏低音の時代へ
- バロックに入ると、和音中心に時代になる。
- 和音を塊として捉える演奏法の通奏低音が流行する。→楽器が発達
- 二部合唱
- 対位法で生まれた定型化された和音進行(機能和声)が重要になる。
- 機能和声 → 和音を一つの音の塊と捉え、機能をもたせた。
- つまりカデンツ(機能和声)をもとに曲が組み立てられる。