対位法とは
「対位法」は、クラシック音楽でよく耳にする言葉です。「対位法」をニューグローヴ世界音楽大事典で引いてみると「14世紀に初めて使われた用語で、同時に響く幾つかの旋律線を、ある規則体系にしたがって組み合わせる方法という」と記されています。曲の解説において、和声法は垂直的(縦)な技法として、対位法は水平(横)的な技法として説明されます。つまり、対位法は和声と比較して横に流れる水平的な技法(同時に響く幾つかの旋律線)といえます。では、次の二つの譜例を見てください(譜例1・2)。前者は対位法で、後者は和声法で書かれています。観察すると、和声法も対位法と同じく複数の横に流れる旋律線で構成されているのが分かります。だとすれば、対位法と和声法の差はどこにあるのでしょうか。
【譜例1 対位法】
【譜例2 和声法】
対位法の学習
対位法の学習方法は、概ねして一貫しています。それは、J.J.Fux (1660-1741) の『Gradus ad Parnassum』(1725)を基本としている点です。現在発売されている対位法のテキストの大半がこのスタイルを踏襲しています。
『Gradus ad Parnassum』の学習は、定旋律(cantus firmus)と呼ばれるグレゴリオ聖歌の旋律を利用して5通りの実習を行います。全音符対全音符で実施する「第一類:1対1」、全音符対二分音符で実施する「第二類:1対2」、全音符対四分音符で実施する「第三類:1対4、全音符対全音符をシンコペーションで実施する「第四類:移勢」、今までの要素を混合させて実施する「第五類:華麗」、です。これを2声から始め、3声、4声と、声部を漸増させ、最終的には8声まで実施します。なお、声部が増えるにつれ禁則も緩やかになっていきます。
次にあげるのは、右で紹介した実施例を詰め合わせたものです(譜例3)。なお、定旋律は必ずしもバスというわけではありません。
【譜例3 各類の実施例】
実施例をみると、対位法の学習とは、音と音が縦横無尽に動き回る技術を身に付けるものではなく、音と音との間に良好な響きを求めるものだということが分かると思います。バッハの縦横無尽な対位法は、その結果の一つと言えます。
では、これらの実施を作曲に活かしてみましょう。たとえば、前述した「1対自然数」の考え方を小節ごとではなく、自分で設定した和音の中で好きに配置していく方法が考えられます。四分音符対八分音符、八分音符対十六分音符などです。
対位法的書法の楽曲
ルネサンス風の木管三重奏を書きました。読譜しやすい様にクラリネットは実音表記です。作曲手順ですが、まずドリア旋法によるメロディーを作ります。次にそれを定旋律あるいはその体位としてバス音を追加します。そして最後に内声を書いて完成です。なおリハーサルナンバー「C」の8度のカノンだけは、Fl.、Cl.、Bn.と上から順番に書いています。カノンについては、「カノンの書き方 」を参照ください。
【譜例4 木管三重奏】
対位法を優先して作ると、和声感が弱くなり、古楽や民族的な響きが得られやすいと思います。その様な雰囲気を求めた曲、たとえば劇伴ではそのまま使えると思います。なお、作曲は課題ではないので、対位法のルールを踏まえた上で自由に書けば良いです。たとえば、外声の連続8度は不可だが間接8度は許可する、など自分で規範の線引きをを行います。
対位法と和声法の両立
では、バッハのように対位法と和声法の両立を考えて、2声のインヴェンションを書きました(譜例5)。もちろんバッハの《インヴェンション》第1番を意識したものです。このインヴェンションと先の木管三重奏との決定的な違いは、トニックやドミナントなどの機能を重視した和音進行と転調の存在です。つまり、和声(調)を強く意識している、ということです。楽譜下部に振った和音記号をみると、T-S-Dという機能和声が重視されているのが分かると思います。こうしてみると、和声の外声(Sop.Bas.)だけで作曲しているのに近い状態です。
【譜例5 作曲例:インヴェンション】
歴史的にみれば、対位法が発達して和声法へと発展しました。つまり、対位法と和声法は対立するものではなく、対位法の多くの部分が和声法に内包されている、といえます。さて、ここで冒頭で提示した問題、「和声と対位法の違いは何か」に立ち戻りましょう。その答えは、「和声と対位法は連続した一続きの技法であり、その相違点はどちらに主眼を置くか、という相対的な差である」と結論づけられます。その持続を切断することで、対位法そして和声法という表現が可能になる、と筆者は考えています。
ポピュラー音楽での活用
ポピュラー音楽において対位法が役立つ場面を考えてみます。これはクラシック音楽のオーケストレーションにおいても同じように役立つものです。
対位法は、つぎの三つの場面で役立つと考えられます。一つ目は「メロディーに対するベースライン」、二つ目は「メロディーのハモり」、三つ目は「カウンターメロディーの作成」です。次にあげる譜例を基本として、この三つの具体例を順番に見て行きます(譜例6)。
追記(2020-04-01):結局のところ、クラシック畑の人が、ごまかしながら書くポピュラーでしょう。新たに、テンション・ノートで書いた例を追加した(譜例11)。
【譜例6 基本フレーズ】
メロディーに対するベースライン
ポピュラー音楽では、ベースラインはルート音を主体に構成するのが基本です。しかし、プログレッシブ・ロックや劇伴音楽では縦横無尽にベースラインが動きます。この様なときに対位法の考えが非常に役に立ちます。メロディーに対してベースラインを対位法でつけてみましょう(譜例7)。
【譜例7 対位法的なベースライン】
メロディーのハモリ
メロディーに対するハモりで対位法は活躍します。通常ハモりはメロディーの3度下や6度下に付けられます。しかし、メロディーがルート音や、アプローチ・ノートなどに3度下の音を付けると、テンションノート、またはアボイドノートになる場合があります。テンションコードが合う曲なら問題ないですが、楽曲によっては強い違和感を感じます。たとえば、譜例8のハモリの終止音Aは、CM7の13thに当たります。そんな場合に対位法を使えば、横に伸びる滑らかな旋律を作成できます。今回提示したのは、メロディに対して2声対位法的にハモリをつけた場合です(譜例9)。
【譜例8 3度下のハモリ】
【譜例9 対位法的なハモリ】
カウンターメロディー
ストリングス・ホーンアレンジに際して、楽節に対して大きなカウンターメロディーを付けることがあります。最も基本的な方法は7thと3rdを繰り返して半音階的な旋律を作るものです。しかし、メロディーを邪魔せずにもっと動的で大胆な旋律を付けたい場合は、対位法の出番です。カウンターメロディの作成は、同時に発音されるハモりとは異なって、主旋律のリズムの隙間を縫う様に入れるのがコツです。これも、メロディーに対して2声対位法で書いてあります(譜例10)。
【譜例10 対位法的なカウンターメロディ】
三つの例を見てきました。紹介した中でもカウンターメロディーは使い勝手がよいと思います。このカウンターメロディーをベースとして、ストリングセクションのボイシングをすることもできます。対位法を知っていると、楽曲のちょっとした所で役に立ちます。
テンション・ノートを使って
追記(2021-04-01):応用として、新たにテンション・ノートを使ったものを例示します(実音表記)。前半は模倣、後半は3・6度を中心としたハモリです。テンション・ノートを使うので、連続・直行や解決といった音程に係る規則は意識していません(流石に8度は慎重ですが)。
【譜例11 テンション・ノートによる応用】
対位法のテキスト
対位法のテキストは楽器屋や楽譜専門店で入手できます。対位法のテキストは、和声法のテキストと比較すると数は少なく、選択が限られています。ここでは対位法のテキストを私の知っている限りですが紹介します。なお、フーガに関する書籍は「学習フーガについて 」 で紹介しています。対位法は、4声まで学習しなくても、2声だけでも活躍すると思います。
重版のもの
イェッペセン『対位法 パレストリーナ様式の歴史と実習』柴田南雄・皆川達夫訳、音楽之友社、2013年
柏木俊夫『改定増補 二声対位法 基礎からフーガまで 付 装飾法と通奏低音』東京コレギウム
ギャロン,ノエル・ビッチュ,マルセル『対位法』矢代秋雄訳、音楽之友社、1965年
ケルビーニ『対位法とフーガ講座』小鍛冶邦隆訳、アルテスパブリッシング、2013年
小鍛冶邦隆・林達也・山口博史『バッハ様式に夜コラール技法 課題集と60の判例付き』音楽之友社、2013年
長谷川良夫『対位法』音楽之友社、1955年
ピストン,ウォルター『対位法 分析と実習』角倉一朗訳、音楽之友社、2009年
ブラッハー,ボリス『作曲と演奏のための対位法』田中邦彦訳、シンフォニア、1988年
柳田孝義『名曲から学ぶ対位法 書法から作編曲まで』音楽之友社、2012年
山口博史『厳格対位法 第2販 パリ音楽院の方式による』音楽之友社、2012年
絶版のもの
池内友次郎『対位法』音楽之友社、1950年
池内友次郎『二声対位法』音楽之友社、1965年
池内友次郎『三声——八声対位法』音楽之友社、1975年
石黒脩三『改訂版 解説と課題 対位法』全音楽譜出版社、1969年
石田純雄『対位法 基礎と実習』オブラ・パブリケーション、1998年
ケックラン,Ch『対位法』清水脩訳、音楽之友社、1968年
小舟幸次郎『解り易い対位法』新興音楽出版社、1943年
シェーンベルク,アルノルト『対位法入門』山縣茂太郎・嶋原真一訳、音楽之友社、1978年
セアール,ハンフレー『20世紀の対位法』水野久一郎訳、音楽之友社、1959年
テホン,ホセ・I『パレストリーナ様式による対位法 改訂版』皆川達夫訳、音楽之友社、1998年
デュプレ,マルセル『対位法とフューグ』池内友次郎訳、東京教育出版、1957年
デ・ラ・モッテ,ディーター『大作曲家の対位法』シンフォニア、1989年
成田為三『対位法の基礎 作曲法講座 第2回』音楽世界社、1935年
ニコローシ,サルヴァトーレ『古典純粋対位法 16世紀の実作に学ぶ』音楽之友社、1998年
ヒンデミット,パウル『二声部楽曲の練習書』下総皖一・志賀静男訳、音楽之友社、1958年
フックス『古典対位法』坂本良隆訳、音楽之友社、1950年
南弘明『十二音による対位法』音楽之友社、1998年
諸井三郎『純粋対位法』音楽之友社、1955年
諸井誠、岩間稔『総合音楽講座6 2声の対位法とカノン』ヤマハ音楽振興会、1972年
吉崎清富『対位法の泉 実習と理論史』音楽之友社、1989年
洋書のもの
Dubois, Theodor. Traite de Contrepoint et de Fugue. Paris, Heugel.
Salzer, Felix. and Schachter, Carl. Counterpoint in Composition. New York, Columbia, 1989.