音楽制作・作曲に必要なもの――デジタル編
本稿は、2017年4月16日に開催された「第三回文学フリマ金沢」で配布した冊子「音楽制作を始めるにあたって必要なもの」の「第二部:デジタル環境での音楽制作」を編集したものです。Webで公開するにあたり、記事や画像を割愛、修正してあります。
デジタル環境での音楽制作・作曲に必要なものと、その機能を網羅的にまとめてみました。漏れているものもあるかもしれませんが、重要なものは押さえたつもりです。なお、順番が必要の度合いを示している訳ではありません。アナログ編はこちら。
コンピュータ
デジタル環境での音楽制作は、コンピュータがその中心となります。音楽制作が目的の場合は、デスクトップパソコンか、高品位なノートパソコンが必要になります。パソコンのOSには大きく、WindowsとMacがあります。Windowsの方が音楽制作に関するフリーソフトが充実していますが、これは完全に好みだと思います。
音楽制作用として要求されるスペックは次の通りです。CPUはIntel core i5以上、RAMは16G、ストレージはシステムと別に2TBくらいあるのが理想です。音楽制作は、並列的に様々なアプリケーションを開くことになりますので、CPUの処理能力よりも、メモリ量の方がより重要になります。しかし、低いスペックでも工夫すれば音楽制作は可能だと思います。まれに「DTM用パソコン」と銘打った商品もありますが、割高な上に微妙な構成が多いので、詳しい人に相談した方が安全だと思います。
DAW
DAW(Degital Audio Workstation)とは、音楽制作をするための機能が総合的に含まれたソフトウェアです。DAWは、様々なメーカーから発売されていますが、近年ではどれを購入しても出来ることは同じになってきています。次の表にあげるものが、現在主流となっているソフトです。
WindowsとMacの両方で動くDAWは、ProtoolsとCubase、そしてREAPERです。紹介した以外にもDAWソフトはありますが、特別こだわりがなければ、紹介した中から選ぶのが無難だと思います。なお、「Sonar」は2017年11月17日に開発・生産の中止が発表されました。選択肢から外してもよいかもしれませんが一応残しておきます。
DAWを選ぶ時の注意点として、Plug-inの互換性があります。Plug-inとは楽器の音色やエフェクトを使えるようにする拡張機能です。Plug-inには「Vst」「AudioUnits」「AXX」などがあります。これに関しては「音源」の項にて詳しく述べます。
後で述べるオーディオインターフェースやMIDIキーボードを購入すると、機能制限版のDAWが付属している場合があります。機会があれば、使ってみて製品版を購入するか決めてもよいと思います。
楽譜制作ソフト
楽譜を作成したい場合は、楽譜制作ソフトが必要になります。現在出版されている楽譜の殆どが楽譜制作ソフトで作られています。特に全ての楽器を書く総譜と呼ばれる楽譜は、コンピュータで制作するのが一般的になっていると思います。楽譜制作ソフトを使う利点として、レイアウトを自由に変更できること、そしてパート譜を簡単に出力できることがあげられます。
DAWにも簡易的な楽譜作成機能があります。簡単な楽譜であれば作成可能ですが、楽譜制作ソフトと比較すると、浄書機能が非常に弱く、複雑な楽譜の作成は困難です。楽譜制作ソフトはDAWに比べると、ソフトの種類が少なく、あまり選択の余地がありません。次の表にあげるものが代表的な楽譜作成ソフトです。
現状、Finaleが最も使われています。楽譜作成している人の大半がFinaleを利用していると思います。当サイトの譜例もすべてFinaleで作成しています。しかし、その一方でFinaleは、習得が難しかったり、多くのバグがあります。とはいえ、ユーザー数が多いので、インターネットで検索すると解決方法が見つかりやすいでしょう。
Doricoは、CubaseのSteinberg社が2016年に発売した新生の楽譜作成ソフトです。Sibeliusの開発メンバーが関わっているようです。発売当初は、単純な楽譜しか作れなかったようですが、2020年5月にバージョンが3.5にあがり、実用性がかなり向上したように見えます。今後、Finaleの対抗馬となりえるかも知れません。
MuseSoreは楽譜制作ソフトにしては珍しいオープンソースです。私は使ったことが無いので分かりませんが、かなり高品位な楽譜が書けるとのことですが、詳細は不明です。Twitterに日本語の公式アカウント(?)があります。
楽譜制作ソフトには、いつくかのバージョンが用意されています。無印のフルプライス版に加え、無料のFinale NotePad、廉価版のFinale SongWriter、Sibelius Firstなどがあります。無印じゃないものは、基本的に無印版の機能制限版になります。もし、簡単な楽譜しか書かないのであれば、廉価版でも問題ないと思いますが、本格的に楽譜制作をしたい、あるいは音楽に長く携わるのであれば、無印のフルプライス版を購入た方がよいでしょう。
また、楽譜に特殊な記号や解説などを入れたい時は、別途レイヤー機能がある画像編集ソフトあると便利です。筆者は、Celsysの「CLIP STUDIO PAINT」を使用しています。もしかしたらFinaleだけでも色々できるのかもしれません(少なくとも透過機能はFinaleで可能です)。
近年の楽譜作成ソフトの特徴として、DAW面の機能強化が図られています。たとえば、付属する音が良かったり、簡単なミキシングができたりします。また、カノンや音列を簡単に作成できるなど、作曲支援機能も充実しています。楽譜作成ソフトは、単に楽譜を作るだけではなく、作曲支援ソフトとしても活躍が期待できます。
なお、後述するMIDIキーボードやオーディオインターフェスを購入すると廉価版が付属(バンドル版)してくる場合があります。廉価版を購入するのであれば、付属してきたものを使った方がお得かも知れません。
音源
DAWは、音程、音価、強弱などのMIDI情報を入力する「打ち込み」をしただけでは音が出ません。音を出すには別途「音源」が必要となります。音源には、音源を外部におくハードウェア音源と、音源を内部におくソフトウェア音源があります。順に見ていきましょう。
ハードウェア音源とは、高品位な外部MIDI音源や、シンセサイザーなど、外部デバイスと接続して使うものを指します。MIDI信号によりハードウェアに演奏させ、それを録音する仕組みです。近年では、USB接続するのは一般的です。
ソフトウェア音源とは、音をデータとしてコンピュータ内部に保管されたものを指します。近年では、こちらが主流となっており、デジタルの音楽制作には欠かせない要素となっています。Windowsに内蔵されているMIDI(GS)音源もソフトウェア音源に分類できるでしょう。
2000年頃までは外部MIDI音源が主流でした。Yamahaの「MUシリーズ」や、Rolandの「SCシリーズ」が台頭していましたが、現在では見かけることは稀だと思います。これらは、現行のDAWでも使用可能ですが、その能力を出し切ることは困難です。外部MIDI音源のメリットとして、コンピュータの外で処理を行うため、負荷がかからず、コンピュータのスペックが低くても使えることがあげられます。
現在主流のソフトウェア音源は、Plug-in音源と呼ばれています。Plug-in音源はフリーソフトから、数十万円するプロ仕様のものまで様々なものが用意されています。便利な反面、規格競争があり、DAWによっては使えないPlug-in音源が存在します。 最も普及しているPlug-in規格はSteinberg「Vst」です。フリーのVstも多く存在し、数多くのDAWに対応しています。他の規格として、Apple「AudioUnits」、Avid「AXX」などもあります。
Native Instruments「KOMPLETE」といった、大手メーカーのPlug-in音源には複数の規格が同時に収録されている場合があります。購入時に、自分のDAWが使うDAWに、使いたいPlug-inが対応しているかを確認しなければいけません。
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オーディオインターフェース
オーディオインターフェス(Audio I/F)とは、コンピュータのサウンド処理を行う外部デバイスです。USBといったシリアルインターフェースで接続します。一般的なパソコンは、マザーボードにサウンドチップがあるので、そこで音声の出入力の処理を行なっています。しかし、その機能はあくまでも最低限であり、ノイズやレイテンシ(遅延)が簡単に発生します。このような問題の多くはオーディオ・インターフェースを導入することで解決できます。そのため、デジタル環境での音楽制作ではこのオーディオ・インターフェスが必須といえるでしょう。
オーディオ・インターフェスのもう一つの仕事として、様々なデバイスと接続する役割があります。多種多様な出入力が備わっており、それらから音声を入力したり、出力したりします。商品によって出入力コネクタの揃いに違いがあるので、自分が使うコネクタが揃っているかを確認した方がよいでしょう。なお、コンデンサマイクを使う場合は微弱な電流を流す、ファンタム電源(48V)の機能が必要です。
後でも述べますが、アンプやミキサーにもパソコンとUSB接続して使えるものがあります。しかし、パソコン上で一度に使えるサウンド処理は1系統のみになります。したがって、複数のオーディオ処理デバイスをUSB接続しても意味がありませんので、よく考えて購入、また接続する必要があります。
オーディオ・インターフェースを購入すると、サウンドに関わるソフトウェアが付属している場合があります。CubaseやSonarなどDAWの機能制限版や、サウンド処理ソフトなどが多いと思います。CubaseやSonarの機能制限版も問題なく使える場合があります。前でも述べましたが、まずはオーディオ・インターフェースを購入してから別途にDAWの製品版を購入するかを考えてもよいと思います。
マイクロホン
マイクロホンは、一般にマイクと呼ばれています。マイクは、音波を電気信号に変換する機器です。音声を収録するためには、マイクをオーディオ・インターフェースに接続して使います。音声とは、肉声や楽器音、また自然音などの物理的な音のことです。マイクには種類があり、使用目的によって使い分けます。
音楽制作で使うマイクは、主としてダイナミックマイクとコンデンサーマイクの二種類が使われます。ダイナミックマイクは屋外から屋内まで、様々な現場で使われるマイクです。特に、ライブやカラオケなど過酷な環境で使われています。一方、コンデンサーマイクは屋内のスタジオや収録など、屋内の安定した環境で使われています。それぞれの特性を簡単に表にしました。
二つのマイクの特性を比較すると、一長一短だということに気がつくと思います。しかし、価格には大きな差が開いています。コンデンサーマイクは一般的に高価なものが多く、定番のU87Aiの定価は約30万円します。一方、ダイナミックマイクの定番のSM58は約1万円で購入できます。
マイクの性能には「感度」「周波数特性」「最大入力音圧」「指向性」などがあります。選ぶ際に特に 重要となるのが「指向性」です。指向性とは、どの方向の音を良く収音するのかという特性です。収音する能力を「感度」と言います。
指向性には大きく三種類あります。一つ目は「無指向性/全指向性」と呼ばれるものです。これはどの方向からきた音も収音します。二つ目は「双指向性 / 両指向性」と呼ばれるものです。前方と背後の感度が高く、背後に回り込んだ音も収音できます。三つ目は「単一指向性」と呼ばれるものです。一方向の音を収音するものです。背後の感度が低いため、ハウンリングや他の音が入り込むのを防ぎます。
最後に目的別にまとめてみましょう。会議や舞台などを収音したい場合は無指向性が、対談や三味線などを収音したい場合は双指向性が、ボーカルや楽器を収音したい場合は単一指向性のマイクがそれぞれ適しています。
ハンディレコーダー
手軽に録音、再生ができる装置として、ハンディレコーダーがあります。ハンディーレコーダーはバッテリーで動作し軽量なため、スタジオから屋外まで様々なシーンで活躍します。録音した音声データはUSBケーブルなどでコンピュータと接続してやりとりします。なお、家電量販店に売ってるICレコーダーは形は似ていますが、収音の範囲が全方向(無指向性)で、会議やメモなど特化したものです。ノイズを多くの拾ってしまうので、音楽制作には向いていません。
ハンディレコーダーの機能は、スマートフォンでも代用できそうですが、マイクの性能に大きな差があります。スマートフォンでは、指向性の変更ができません。音楽制作の場合は自分の目的に合わせたハンディレコーダーを使う必要があります。逆に単なる確認やメモがわりに使うだけならスマートフォンでも十分に機能します。
ハンディーレコーダーの中にはXLRの出入力が備わっているものがあります。たとえば、ZOOM「H4n Pro」や、TASCAM「DR-40X」などです。XLRの出入力が備わったものは、オーディオ・インターフェースや、ミキサーに接続することで、普通のマイクのよう使うことができます。また、CDやラジオといった外部デバイスの音もXLRケーブルを介して録音することができます。このようなXLRの出入力が備わったハンディレコーダーは汎用性が高く、様々なシーンでの活躍が期待できます。
ZOOM「H4n Pro」のようなハイエンドなハンディレコーダーを、マイクの代わりに購入するのも一つのアイデアです。中途半端なものを買ってしまうと「これならスマートフォンでいいや」となってしまうかも知れません。ハンディーレコーダーに限ったことではありませんが、購入時には新しい製品やモデルをしっかりとチェックして慎重に選ぶ必要があります。
スピーカー/ヘッドホン
オーディオインターフェースから音を出すには、スピーカーやヘッドホンといった、音を出す装置に接続する必要があります。MainOutputと書かれたコネクタからスピーカーに、Phoneと書かれたコネクタからヘッドホンにそれぞれ接続します。
スピーカーは、一般的に「モニタースピーカー」と呼ばれているものを使用します。モニタースピーカーの定義は曖昧ですが、概ね「音の定位がはっきりとしたフラットな音」くらいの意味です。有名なモニタースピーカーとしてYamahaの「NS-1000M」やその小型版の「NS-10M」があります。後者の「NS-10M」は現在でも人気ですが、古すぎて内部が劣化しているものが殆どでしょう。
スピーカーには大きく、「パワードスピーカー」と、「パッシブスピーカー」があります。モニタースピーカーと銘打った商品の多くはパワードスピーカーです。パワードスピーカーとは、アンプが内蔵されたスピーカーです。従って、スピーカー1台に付き、電源が一つ必要になり、ステレオなら2台分の電源が必要となります。一方、パッシブスピーカーにはアンプが内蔵されていないので、アンプを介して接続しなければ音が出ません。この場合はアンプの電源が一つ必要となります。
ヘッドホンは、一般的に「モニターヘッドホン」と呼ばれるものを使います。定番のヘッドホンとして、Sonyの「MDR-CD900ST」があります。業務用と銘打っているので、実店舗ではあまり見かけませんが、AmazonやSoundhouseなどのネット通販サイトで購入できます。なお、MDR-CD900STのフォン端子はミニではないので、ミニに接続する場合は別途、フォン端子を大→小に変換する「変換プラグ」を用意する必要があります。
アンプ
パッシブスピーカーから音を出す場合に必要なのがアンプです。一般的な家庭で使う場合は、小型のアンプで十分だと思います。また、非常に大きい音を出したい場合には、アンプからパワードスピーカーに接続します。
最近ではUSB-DACと呼ばれる、PCとUSBで接続する機能がついたものがあります。しかし、音楽制作の場合はオーディオ・インターフェースを使いますので、この機能は不要です。家庭で使う場合は出力(W数)も小さくてよいかと思います。私が所有する小型アンプ(TEAC AX-501)は定格出力で70W+70W(4Ω)、45W+45W(8Ω)ですが、十分な音量が出せます。
個人的には、パワードスピーカーを使用するよりも、アンプにパッシブスピーカーを組み合わせて使うのが好きです。電源の管理が簡単な上に、スピーカーの選択肢もかなり増えます。デメリットとして、導入に多少のコストがかかります。
ミキサー
ミキサーとは、様々な入力信号を受け取り、それを調整した信号をスピーカーやアンプなど、他のデバイスに出力する装置です。オーディオインターフェースはコンピュータと1対多で出入力するだけでしたが、ミキサーは多対多の出入力コネクタが用意されているのが特徴です。また、イコライザやコンプレッサー、パンなどエフェクトをかけることもできます。
近年ではYAMAHA「MG16XU」やBEHRINGER「X1222USB」など、コンピュータとUSB接続できるオーディオインターフェース機能を持ったミキサーも多く登場しています。多数の楽器から同時に録音したり、パソコンとゲーム機など、複数のデバイスの音を一つに纏めたいときには非常に便利な存在です。筆者は、オーディオインターフェースとして、USB接続できるミキサーを使っています。なお、ミキサーを購入するなら、最低でも8ch程度はあった方がよいと思います。
各種デバイスとの接続例
デジタル環境での音楽制作では、様々なデバイスをケーブルで接続します。ここでは実際の接続例を簡単に見ていきましょう。
- コンピュータ → オーディオ・インターフェース、ミキサー(USB)、外部MIDI音源
- USBケーブルで接続します。iPhoneやiPadはLightningケーブルで接続します。
- オーディオ・インターフェース、ミキサー → アンプ、ミキサー
- アンプ → スピーカー
- パッシブスピーカー:スピーカーケーブルで接続します。
- パワードスピーカー:RCA、XLRで接続します。
- 楽器、外部MIDI音源、ハードウェア音源 → オーディオ・インターフェース
- マイク、ギター:シールドケーブル、XLRケーブルで接続します。
- コンデンサマイク:XLRケーブルのファンタム(48V)で接続します。
- 外部MIDI音源、ハードウェア音源 → RCAケーブルで接続します。
- MIDIキーボード、ハンディーレコーダー → コンピュータ
MIDIキーボード
DAWや楽譜制作ソフトを使うにあたって、MIDIキーボードと呼ばれるコントローラーがあると便利です。MIDIキーボードは一見すると普通のキーボードに見えますが、本体に音源は内蔵されていません。コンピュータに音程や音価、強弱などのMIDI情報を送ることに特化したデバイスです。従って、音を出すには音源が別途必要になります。
MIDIキーボードの中には、DAWとの連携に主眼を置かれたものもあります。MIDIキーボード側で再生や録音、音色の切り替えなど様々なコマンドが実行できるようになっており、DAWの操作がキーボードからシームレスに行えます。しかし、機能が増えればキーボード本体のサイズも大きくなったり、別途電源が必要になったりするなどのデメリットもあります。
MIDIキーボードは、25鍵盤、32鍵盤、49鍵盤、61鍵盤、88鍵盤、など鍵盤数が異なるものが用意されています。左手でコードを押さえ、右手でメロディーを弾くならば、49鍵盤以上あるとよいと思います。キーボードは、大は小をかねていますので、スペースが許されるのであれば61鍵盤をおすすめします。
更新情報
- 作成日:2017-11-24
- 更新日:2020-07-24